逆 説 幸 福 論

水のように考えること

検診。

病気にかかっているかどうかを調べたり、その予備軍ではないかどうかを判断するために行う診察や診断のこと。

これを受けたことのない読者は、まずいないだろう。学校や会社で強制され、またはボランティア団体に促され、今日もどこかで検診が行われている。間違いない。そしてその検診によって今日も誰かが救われている。こちらも間違いない。

しかし、それと同時に誰かを不健康にしている、かもしれない。

というのも、検診を受けて何も異常がないこと、例えば飲んべえの人が、自分の肝臓や脳、血液に何の異常を認められなかった。つまり健康だったらさあたいへん。今晩は間違いなく日本シリーズを制したような祝勝会が開かれるだろう。

ヘビースモーカーやカフェインラバー、ポテチイーターやソクセキMENにネブソクン(※勝手に命名)もみ~んな一緒。そう、『健康』というハンコが押されてしまえばかえって依存量は一気に増えてしまう。

つまり、だ。検診をすればするほど多くの人を健康にするが、それと同時に多くの人を不健康にしてしまうのある。 

こんなひねくれたものの見方をする私。連休明けくらいにちょっと検診行ったほうがいいな。 
 

またとないチャンス、絶好のチャンス、ピンチはチャンスなどと、言い回しは色々あるが、そのスパンはまちまち。何年かに一度、または何日か、あるいは何時間に一度のチャンスが訪れるひともいるだろう。そんなチャンスにはあんまりしがみつかないほうがいい。

チャンスを逃すまいと食らいつく。これまで培った経験の全てをぶつけ、ものにしようとする。しかし、あまりにそれにこだわり過ぎて、そうするとそのぶん他のチャンスが見えなくなってしまう。つまり、チャンスにこだわればこだわるほど、そのあいだ他のチャンスを失ってしまうことになる。

時には諦めが肝心。そう、やめとくなら、いまがチャンスですよ。 
 

多種多様な病気が増えるこの世の中で、人々にとって、もはやなくてはならないもの、そう、薬。いっぽう、人々にとって一刻も早くなくなってほしいもの、毒。

しかし、この世には毒があるから薬も存在し、薬があるから毒も存在する。ときに薬は人の人生をボロボロにし、ときに毒は人の免疫力や生きるチカラを増大させる。つまり薬が毒になることもあれば、毒が薬になることもあるのである。

また、それらは目に見えるものだけでなく、世の中にある全ての「快楽」。快楽は薬にもなるが、一歩間違えれば毒にもなる。しかしその毒こそ、次に問題を抱えたときの薬になる。

両者は対極に位置するものではなく、ほとんど同じもの、なのかもしれない。
 

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