逆 説 幸 福 論

水のように考えること

ルール、伝統的な慣習や権威、自分を取り巻く全ての環境に息苦しさを感じ、反抗する時期、そう、反抗期。一般的には小学校を卒業したくらいだろうか、青年初期から現れる傾向である。 

とにかく縛られるのが大嫌い。校則を嫌い髪を染めたり、制服のシャツをズボンに入れない。常識を嫌って敬語は一切使わなければ、法律を嫌って酒やタバコに手を出し、原付を乗り回す。深夜になっても家に帰らず、先生や親の言うことなど全くきかない。

しかし、茶髪にピアスに腰パンで、酒やタバコに朝帰り。これでは結局「反抗期」という枠の中でキレイに整列してたりする。

そう、彼らはただ単に、並ぶ場所を間違えただけなのである。
 

門前や庭先などでよく見る、ズラーーーッと並んだペットボトル。

もちろんネコよけだが、もちろん効果などニャい。糞害に憤慨するのもわかるが、うちのニャンたちは枕にして寝ている。

しかし、アレをみた私を含め多くの愛猫家たちは、そんなネコ嫌いの家に、我が子のようにかわいがるにゃんこさんたちを遊ばせては何をされるかわからないので、自宅から出さないようにしたり、別の場所にネコの遊ぶスペースを作ったり、可能であらば最悪引っ越したりする。つまりなるべくその家からネコを遠ざけようとする。

ん?ということは、ペットボトルは、それを置いたネコ嫌いの人がたとえこのことに気づいていなくとも、彼らの思惑通りに機能してしまうのだ。「やっぱりネコって水が怖いんだ」、と。

このように、日常では結果とプロセスが違えども、気づかないうちにうまくいってしまうケースは、決して少なくニャい。

レーダーをくぐり抜け、突如現れる雷雲。街を暗黒の雲で包囲したかと思えば、まるで水瓶をひっくり返したかのごとく、人々を恐怖の海に陥れる。そう、ゲリラ豪雨。

もちろん人々の命を支える恵みの雨でもあるのだが、傘を忘れた人にとっては大惨事。靴の中はもちろん、下着やカバン、携帯までアウトなんてことも。

そんなゲリラ豪雨に見舞われる人々を少しでも救おうと、気象予報士は日々汗を流す。しかし、あまりのゲリラさに、熟練した予報士でさえ捉えきれないことも多々。気象庁はスーパーコンピューターの開発や改良を進めるが、現実問題難しい。

でも、きっと研究が進めば、このゲリラ豪雨も分単位で、あるいは地域単位で予想が立てられるはず。ん?でも、なんかおかしくないか?ゲリラ豪雨が予想できたらゲリラではないのではないか。アイドルが自らのゲリラライブを告知するように、ゲリラ豪雨を予想できてしまっては、まったくゲリラ豪雨ではなくなってしまうではないか。

まあ、わかりませんね。その頃には呼び名が変わっているかもしれませんし、変わってないかもしれません。なんせ未来はいつも、ゲリラ豪雨のように、予想通りにはいきませんから。

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