逆 説 幸 福 論

水のように考えること

プロスポーツや職人芸、またはそうでなくとも、針の穴に糸を通すような極限の集中状態を、人はしばしば求められる。「ゾーンに入る」とも表現され、まさに心技体が全てが揃った状態。そしてひとたびゾーンに入れば最大のパフォーマンスを発揮することができる。

ゾーンに入るためにはとにかく集中することが不可欠。交感神経を優位に立たせ、全ての神経を呼び起こす。しかし、極限まで集中するということは、ある意味リラックスしていないとできないことでもある。余分なチカラを抜き、必要な全てのエネルギーをパフォーマンスに変換しなければならない。

つまり、一番集中している状態というのは一番落ち着いている状態だったりするのである。

誰もが道路を公平に、そして安全に通行できるように日々巡回するパトカーや白バイに覆面。または速度超過のドライバーを待ち受ける有人式一般速度取り締まり(通称:ねずみ取り)に無人式のオービス。

そんな取り締まりは、たいていは見通しがきく、スピードが出やすい場所で行われる..。でも、何かが引っ掛かる。『見通しがきく、スピードが出やすい道路』というのは、安全だからこそそうなるはず。見通しが悪ければ当然、よほどのスピード狂以外はスピードは出さないだろう。つまり取り締まりは、たいてい取り締まる必要のないところで取り締まっていたりする。

しかししかし、それも必ずしもそうとは限らない。なぜなら、取り締まる必要のないところで本当に取り締まらなければ、ドライバーは当然スピードを出す。なのでやっぱり取り締まらなければならない。結局警察は取り締まらなくてもいいようなところで取り締まらなければならないのである。

え?ただただノルマのためだって?

お見通し、でしたか。

とにもかくにもマンパワーというのは凄まじく、良くも悪くもそのマンパワーによって、人は数々の不可能を可能にしてきた。手を取り合うことで人は最大限の力を発揮する。と思いきや、それは全体としての力で、個人としてはそうとは限らない。

団体競技、例えば綱引き。

1トンのパワーの持ち主が10人 vs 同じく1トンのパワーを持つ15人では、単純計算で5トンものパワーの差異がある。しかし、いざ始まってみるとなぜか勝負は拮抗し、辛うじて15人が勝った。これはなぜか。5トンもの違いがあれば、10人の方は引きずられて瞬殺されるはず。

答えはシンプル。『手抜き』である。それもたいていは本人は気づいていない。つまり無意識。無意識による手抜きでパワーでも人数でも勝っていたチームは危うく負けるところだった。ん?『無意識による手抜き』とはどういうことか。

これは『リンゲルマン効果』というもので、組織を構成する人数の増加に従い、個人が発揮する力は減少していくものである。つまり仲間が多ければ多いほど自分の実力は発揮されにくいということ。

仕事でも、スポーツチームでも、政治でも、少数精鋭でこそ、個人のチカラは最大限発揮される。

 

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