逆 説 幸 福 論

水のように考えること

タグ:インターネット

新聞、テレビ、インターネット、クチコミ、twitter、facebook..。日々、世の中にあふれ返る情報群。そんな情報は鮮度こそ命で、新鮮なうちに我先にと、ときには時間やお金、さらには大切な人を犠牲にしてまで、人々は情報を収集する。

しかしそれゆえに過度に雑食となり、好きでもないタレントのプライベートや、知り合いの「◯◯なう」「XXわず」「△△うぃる」までもインプット。情報収集に歯止めが利かなくなり、ついには必要のない情報まで気になって仕方がなくなってしまう。

キケンだ。情報をインプットするということは、次からその情報を頼り、ものごとを判断しやすくなる。そのことについて深く調べたり考えたりという行為が前よりも要らなくなる。つまり、情報が増えれば増えるほど人は考えなくなる。

食事と同じように、知識も人間が一度に吸収できる量はたかが知れてます。情報のダイエットが現代人には必要不可欠でしょう。

え?この情報もいらなかったですか。

 

高速化と言えば何が頭に浮かぶか。

おそらく道路かネットだろう。安全である限り、道やインターネットは速ければ速いほうがいい。いや、そうに決まってる。しかし、道路にしろネットにしろ、便利な高速ネットワークは、ときに高速であるがゆえに遅くなる。

なぜなら、速い方がいいに決まってるからである。速い方がいいに決まってるということは、みんながみんなそれを使いたがるということ。 みんなが速いサーバーや回線に集中すれば当然速度は遅くなるだろうし、道路で言えば、お盆やGWなどの見慣れた高速道路の空撮レポート。あれは、誰がどう見たって下道走った方が速い。

つまり、だ。ネットワークが高速化されるほどネットワークは混雑する。よく賢い人がたくさん悩みを抱え込て、頭の渋滞起こしてしまうのも、このせい、なのかもしれない。

荒らし。

ものごとの秩序を無視して無法に振る舞うことで、近年では、インターネット上の掲示板やSNS、チャットやブログなどのコミュニケーションの場で、その利用者を不快にさせる妨害行為を行うことを指す。

そんな荒らしをやめさせようと、根拠のない誹謗中傷コメントに直接反応する。しかしこれでは彼らの思いのままで、気づけば自分が一番の荒らしになっていたりする。そう、つまり荒らしに反応すればするほどその場を荒らすことになる。

怒り。それは誰かに自分の大切な時間、つまり寿命を削り取られること。たいていは自分の嫌いな誰かに。
 
 

何でも揃うコンビニに、携帯一人一台は当たり前。漢字の読み書きや計算に、翻訳ですら機械がやってくれ、極めつけはクリック一つで世界と繋がるインターネット。急速に便利になりゆく現代社会。しかしその一方で、「幸せだ」と感じる人は以前より減っており、むしろ現代人が抱えるストレスの増大は留まることを知らない。

つまり、物理的な幸せと心理的な幸せは必ずしも比例せず、むしろ相対することがある。携帯電話を例に挙げれば、離れた人といつでも連絡が取り合えるようになった反面、24時間仕事やパートナーに拘束され、全身を見えない鎖で繋がれてしまった人は残念ながら少なくない。

しかし、だからと言ってもはや携帯やネットを手放して生きては行けないだろう。そう、lie(嘘)なしではbelieve(信じる)は綴れないように、『辛い』と『幸い』もいつも一緒に歩いてくるのである。


世の中色んなフェチやマニアがいますが、私はネコの肉球マニアです。

人間の手やその指紋がそれぞれ違うように、ネコの肉球もネコによって異なっています。一般に室内で飼われるネコの肉球は滑らかでプニプニしており、野良猫や放し飼いのネコはザラザラで室内飼いに比べて随分と硬いです。

また、人間の手に『人差し指』、『中指』と呼び名があるようにネコの肉球にもそれぞれ名称があります。そもそも肉球は正式には『蹠球(しょきゅう)』と言い、一番大きな、人間で言う『手のひら』に当たる部分を『掌球(しょうきゅう)』と呼び、その周りを囲む『指球(しきゅう)』や少し離れたところにある『手根球(しゅこんきゅう)』で構成されています。続いて、後ろ足の大きな肉球は『足底球(そくていきゅう)』と言い、足底球を囲むのは私の一番好きな『趾球(しきゅう)』です。あの絶妙な硬さがたまりません。

あ、忘れてましたね。『ロングテールの法則』とは、需要のないものでも幅広く展開していけば、アクセス数や売り上げの増加に繋がることです。

さ、次は肉球の色についてですが~..

 

沈黙の螺旋(らせん)とは、少数派の人間が、多数派の反対や孤立などを恐れて沈黙を通してしまう悪循環のこと。

たとえその人が合理的な意見やもっともらしい考えを持っていても、自分が少数派であると自覚すれば、そっと意見を胸にしまい黙り込んでしまう。そうすると多数派の意見はますます力を拡大させ、少数派はあれよあれよと衰退してしまう。

この理論を大きく左右しているのがインターネットだろう。互いが顔を合わせず様々な人が意見を交わせるインターネットの利用者は年々増加傾向にあり、また、メディアがひとたび『世論』という言葉を使えば社会は一気に同調してしまう。

テレビや新聞にインターネット。今の世の中はちょっと情報が多過ぎ。それではかえって視野が狭くなっていく。あんなものいっそ無くしてしまえばいい。と思いませんか?あ、思わないならいいんです.. が.. 

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新聞、雑誌、テレビ、スマホにワンクリックでありとあらゆる世界にワープできるインターネット..。いま、社会は情報で溢れている。非常に便利な世の中であるが、しかしその反面危険な落とし穴も存在する。

情報を収集すればするほど問題解決の時に役に立つかもしれない。しかしあまり過度に情報に依存すれば問題に直面したときにすぐに情報に頼るようになり、ついには自分で思考しなくなる。つまり、情報が多ければ多いほど人は考えなくなる。
 
そう、時には情報を制限、あるいは消去していくことも重要。

この記事も必要ないと思ったら今すぐ忘れて下さいね。


新しい道路やトンネル、橋ができたのにも関わらず、スムーズどころかむしろ前より混んでる気がしたこと、ありませんか?

これは、『ブライスのパラドックス』と呼ばれるもので、ネットワーク中の移動体が一番効率的なルートを選択した時に起こる現象で、道路だけでなくインターネットや電話回線にも見られるものである。

交通量改善のために作った道路。しかしその便利さを求めて人々は我先にと道路を利用。やがて過剰利用に陥り、せっかく作った道路のせいでかえって道は混雑してしまうのだ。

さて、GW中の日本の皆さま。どこへ行っても人、人、人でイライラするのはわかりますが、『急がば回れ』とはよく言ったもので、回り道は遠くても、決して遅くはないのです。 

 

クラークの法則とは、充分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかないこと。※出典wikipedia

例えば、映画や小説の『サイエンスフィクション』は信じられないけど実現可能なことを書き、『サイエンスファンタジー』はもっともらしい不可能なことを書く。両者が交わることはないのだが、それぞれの境界線を越えるか越えないギリギリのところまで接近する。そうすると科学と魔法の境界線がグレーゾーンになって見分けがつかなくなる。

いまや火や風を自在に操るだけでなく、『透視』可能なレントゲンに、世界中の情報がクリック一つで手に入るインターネットはまさに『千里眼』。一昔前の人から見れば携帯電話は『テレパシー』そのものだし、細胞を再生させるiPSは『黒魔術』にでも映るのではないか。

つまり科学とは誰にでも使えるように手順の説明された魔法、とも言えるだろう。

 

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