逆 説 幸 福 論

水のように考えること

タグ:労働価値説

どうして水よりダイヤモンドの方が高いのか。

水は人間にとって必要不可欠。なければ必ず死んでしまう。それなのに比較的安価で、場所によってはタダ。一方ダイヤモンドは、必要な人には絶対必要かもしれないが、普通、なくても死なない。なのにダイヤモンドの方が圧倒的に高価である。これはちとおかしいのではないか。

だが実際はおかしくはない。そもそも、我々が言う『価値』には有用性である『使用価値』と、商品としての『交換価値』とがあり、使用価値が高く交換価値が低い水に対して、交換価値が高く使用価値の低いダイヤモンド。つまり生きるか死ぬかではなく、希少かそうでないかが価格に大きく関わっているのである。

人間の価値も自分にしかないもの、言わば原石を磨けば磨くほど、その人の世間的な価値は上がります。しかし、それが必ずしも使用価値の上昇に繋がるか、つまり世間が求めているかどうか、それはまた別の話、というわけです。 

 



ここは砂漠のど真ん中、




ノドの渇き切ったあなた。

そんなあなたは今、






『ダイヤモンド』


『コップ一杯の水』







どちらが欲しいですか? 

















へそ曲がりのあなた、


あなたを除いた大多数の方は『水』、を選びますよね。



















水。


人が生きていくには、無くてはならない重要なもの。








一方、ダイヤモンド。


ダイヤモンドは美しいけれど、決して必要不可欠なものではない。













ところが、


そんなダイヤモンドがたいへん高価で、水は安価である。

 
















なぜか?



















ご存知の通り、

価格とは、需要と供給で決定され、そしてそれは人が欲しがれば欲しがるほど上がってゆく。




砂漠のど真ん中で死にかけているとなれば、命が第一であり、水に対する欲求(=需要)が強くなる。だが、当然他にも同じくらい、あるいはそれ以上水を欲しい人がいて、なかなか手に入らない。

















モノの価格は、人が欲しがれば欲しがるほど上がっていく。


人が欲しがれば欲しがるほど、宝石の価値は上がっていく。











宝石は美しい。
































でも、





それは最初から輝いているのではなく、人の手で加工されることで初めて輝きを放つ。




本来キレイではない石を、美しいものにするため、何千度もの熱を加えたり、放射線を当てたり、レーザー光線を当てて不純物を除去したり、油に長期間つけたり. . .








きれいな宝石なんて、ごくごく一部で、





ゴミのように捨てられてしまうものも数知れず。
























私たち人間も、









汚いエゴを取り除き、丁寧に磨いていけば、


きっと、






宝石のように光り輝くはず。













さあ、


輝かそう。



















ダイヤモンドは、













あなた自身の中にある。









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