逆 説 幸 福 論

水のように考えること

タグ:大木凛悟

こんにちは~。お盆シーズン真っ盛り。帰省中の方も、お出かけ中の方も、はたまたおうちでのんびりと過ごされている方にも大切(?)なお知らせです。

2012年7月23日に始まった弊サイトも、お陰さまで丸一年が経ちました。この一年、とにかく書くことが楽しみでした。しかし、思い切って不定期更新にしようと思います。理由は現在弊サイトと平行して書いている英会話エッセイ 『リンゴリッシュ 元ニューヨーカー大木凛悟のひとこと英会話教室』や、家電紹介サイト『Smart Shoppin'』に力を入れていくためです。

また、他にもいくつかサイトを持っており、同時に毎日記事を更新していくのは、記事の質を下げてしまいかねず(元々低いのがもっと)、これからは不定期更新として書いていこうと思います。たいへん勝手ですが、今後ともよろしくお願い致します。

『逆説幸福論』管理人 大木凛悟 

育児や仕事、ローンの返済、渋滞に満員電車、家事やご近所トラブルに、大事なプレゼンの前にもかかってしまう神経症、そう、ノイローゼ。健康な人でも一時的、または突発的になることもあり、経験者も少なくないだろう。私の場合はお酒がイッテキも飲めないので、上司との飲み会の前はよくお世話になっていた。ただのユーウツか。

もちろん、抱えている人たちの苦境は、そうではない人には計り知れない。でもそんな暗い話題こそ、思い切って見方を変える必要があるのだ。

例えば、仕事が毎日忙しくノイローゼになる。でも周りから見れば、とてもよく頑張っている企業戦士に見えたりする。夜泣きがうるさく育児ノイローゼにかかるおかあさんも同じ。世話の焼ける子なのに一生懸命だね、と褒められようものなら、また余計に頑張ってしまう。

つまりノイローゼの問題は、ある人がノイローゼを抱えていても、それを知らない人からすれば、見方によっては美しく見えてしまうこと。そして、そんなに神経質になってしまうのは、その人がそのことについてしっかり正面から向き合っている証拠、だったりするのだ。

こうなったら思い切って自慢するくらい、開き直ローゼ?


立ち上げ約二ヶ月、お陰さまで今ではたくさんの方にブログ『逆説幸福論』を知っていただくことができました。そこで、その中から何回かに分けて、過去に支持を頂いた記事を、少しアレンジを加えつつ、お届けしたいと思います。その際、過去の記事と区別できるよう新しい方のタイトルには『2』がついております。

温故知新。過去を振り返り、新しいことを創造していくことで、皆様のご期待に応えられるよう精進して行くつもりで御座います。

拙いブログですが今後ともよろしくお願い致します。

大木凛悟


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はじめまして。『逆説幸福論』、管理人の大木凛悟(おおき りんご)と申します。

昨今の雑踏するブログやSNSブームの中で、あなたに出逢えたことにまず心より感謝を申し上げます。

私は過去に格闘家や、外資系企業勤務、マンハッタンのスラム街に一人で暮らせば、日本中をバックパッカー、アメリカ横断と、自由気ままに人生を旅している者です。

現在は "書く"という魅力に心を奪われ、日本でしがないもの書きをやっております。今から考えると格闘家からは想像もつきませんね。いや、魂を形にするという意味では根源は同じなのかも知れません。

さて、様々な芸術がありますが、哲学は『思考の芸術』と呼ばれます。皆様がこの『逆説幸福論』と出逢い、忙しい世の中、ほんの僅かな時間でも " 思考の旅 " に出かけ、何か面白いアイディアを得たり、リフレッシュすることができればと、切に願っております。

再度、この新しいご縁に感謝致します。ありがとうございます。

大木凛悟 

このウェブサイトは、世の中に渦巻く様々な逆説(パラドックス)や矛盾にスポットを当て、幸せを追求していくものです。


" 水のように考えること "


水は方円の器に随う、上善水の如し、行雲流水..

地球の命である水は、入れ物や川の形状に合わせ自在に姿を変える。しかし、それでいて水というアイデンティティは決して変えない。

そして、我々人間の60〜70%も水分。つまり、人間は固体と言うよりむしろ液体に近いものなのだろう。だとすれば、人間が水のように流動的に考え行動していくこと、それは自然の摂理の一部である。

難しくなんかない。柔らかく、水のように考えること。




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