逆 説 幸 福 論

水のように考えること

タグ:大衆

変人。変わり者。

大衆とは異なった言動や性格を持ち、極端に個性的な人のこと。いい意味でも悪い意味でも使われるが、どちらかというと後者として理解される方が多いかと思う。

例えば、ここに100人の変人がいるとする。みんな似たようなタイプの変人だ。この変人たちを常人に変えるにはどうすればよいか?もう100人、いや200人300人の常人を入れて中和させる。あるいは、どこぞの施設に連れて行き、徹底的に普通の考えを叩き込む。いやいや、もっと簡単な方法がある。

常人を1人、変人の中に放り込めばいい。そうすればあっという間に変人はたった1人になって、あとの100人は常人に。つまり常人から見た変人は変人で、変人から見た常人も変人。どんな人も必ず誰かしらの変人なのである。

私のような常人には理解し難い話ですが。 

え?

 

誰とでもすぐに打ち解けられ、人付き合いに積極的な人、社交的な人。 大衆とは違った角度からものごとを見つめ、独自の切り口で発想を展開する人、独創的な人。単刀直入に言うと、社交性と独創性は両立不可能だ。

というのも、社交的になろうとすればするほど、嘘でも人と同じアイディアや意見を持っていなければならない。でないといくら自分が社交的でも、もの好きを除いて、多くの人は自分には寄ってこない。人が寄ってこなければ社交する場もなく、従ってその人を社交的とは呼べない。

また、独創性を求めれば求めるほど、その意図を汲める人は減少。しまいに誰にも理解されなくなるだろう。いき過ぎたモダンアートがもはや誰にも理解されなくなってしまうかのように。

しかし誰一人として理解不能な発言をする人こそ究極に独創的ではないか。なんせ "独" 創的なのだから。つまり、だ。社交性を磨くには独創性と非社交的になり、独創性を磨くには社交性と非独創的にならなければいけないのである。 

どうです?こんな矛盾と社交的に、なれそうですか?

 

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