逆 説 幸 福 論

水のように考えること

タグ:失敗

経営不振に陥った複数の牧場。その牧場主たちが集い緊急会議が開かれた。「残る手だては一つしかない。コスト削減のため、互いのウシが同時に過ごせるスペース、つまり共有地を作ろう」と背水の陣を敷く。

すると決断が吉と出て経営状況は順調に回復。しかしすぐに問題が起きます。というのも、ある牧場主が自分の持っているウシを大量に放したのです。そう、個々の牧場主たちは土地を共有しただけで、ウシ自体は共有していません。

となれば牧場主は自らの牧場の利益最大化のため、ここぞとばかりにできるだけ多くのウシを放すようになる。一度そうなればもうあとには引けず、他の牧場主も負けじと大量のウシを放牧し、放牧合戦。はじめの意図はどこへやら。あっという間に共有地の草はなくなってしまいました。

全員にとっての共有が、全員にとって最悪の事態を招くケース。まさに彼らは『失敗』そのものを共有してしまったのです。本来共有しなければならないものはウシでも牧場でもなくココロ。それで全てはOK牧場です。

言っちゃった。

 

辛いとき、苦しいとき、目標に向かって突き進むとき。そんな時にいつも自分を勇気づけてくれたり戒めてくれる言葉、座右の銘。持っている人は少なくないだろう。また、面接に挑むときやスポーツをやっている人は持っていないといけない、そんな空気すらある。

でも、果たして座右の銘を持つことがそんなにも重要なのだろうか。

例えば座右の銘が『継続は力なり』な人は、根気のない人が思いついた可能性が非常に高い。また、座右の銘が『情けは人の為ならず』な人は、人を助けて何度も失敗してきたんだろう。『怒らない』なんて短気な人以外思いつかないし、『諦めない』は挫折キング。

そう、つまり座右の銘とは単に自分の弱点を嬉しそうにさらけ出しているに過ぎないのである。

弱点は自分で理解して改善の努力をすればいいだけで、胸を張って人に言う必要はないのではないか。だから私は決して座右の銘は持たない。これこそが私の座右のめ.. いや、えーっと..

ポリシーである。 


「どんなものも、その90%はクズである。」 


これは「SFの90%はクズじゃないか」と批判されたSF作家、シオドア・スタージョンがそれに反論した有名な言葉で、例えば、一定の名作を生み出すジャンル(映画、小説、食品など)には、それ以上に膨大な数の駄作が生みだされているということ。

また、逆に考えると、駄作の少ないジャンルというのは、そこまで名作が生まれる確率も低いということでもある。つまり、激しい競争を繰り広げるテレビゲーム産業では、世の中が駄作、いわゆる「クソゲー」に溢れ返れば返るほど、おもしろいゲームが生み出されるというのだ。

そして、これと同じことが一人の人間にも言え、より多く失敗をしている者の方が、成功を掴む可能性は高いのである。


忘年会、クリスマスに新年会。この時期、何かと集うことが多いですが、家族や友達、好きな人とゲームをする時、案外クソゲーの方がおもしろかったりします。

そう、失敗を一緒になって笑える人がいる、それは完全に成功であり、傑作で、星屑のように光輝いているのである。



スターだけにね。


森の木々って、

倒れるとき、音しますよね?


ドデーン!?

バサバサっ?


メキメキメキっ?


うまくは表現できませんが、何かしらの音はするはずです。そしておそらく私たちは、それを聞いたことがあるはず。

見たこともあるはず。この眼で。


では、" 見てなければ " どうだろう?

森で木が倒れても、その音を聞く人がいなければ音を立てるのだろうか? 


 
『頭おかしいんじゃねーの? 音を立てるに決まってる。』


ありがとうございます。よく言われます。でも. . 『決まってる?』。
どうしてでしょう?



『んー . . . そういうもんだ。』

うまく説明ができないですよね。
なんせ、あなたはそれを見たことが無いのですから。


そう。
電車の音だって、テレビの音だって、美しい音楽だって、あなたが発しているその言葉だって . .『意識』しなければ聞こえてこない。あなたが勉強に集中していたりボーっとして人の話を聞き逃した時、その話はあなたには聞こえてこなかった、つまりあなたの中では存在していなかった。ことと同じですよね。

逆に、いくあなたが良い話を持っていても、聞く人がいなければそれは存在しないことと同じであり、そして、あなたがいても何も行動しなければ、それはあなたが存在しないことと同じなのです。


失敗したっていいんだ。

行動に出ることで、人は初めてあなたを認識する。

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