逆 説 幸 福 論

水のように考えること

タグ:学校

仕事や学校生活など、集団行動にかかせないコミュニケーション。そんなコミュニケーションの能力は個々のスキルよりも重要視され、ほとんどの自己啓発本には少なからずそのノウハウが著述されている。では、「コミュニケーションが取れている状態」とはどんな状態か。それは相手の気持ちを理解し、それぞれが何をすべきかを知っている状態、つまり心が通い合っていること。

何年も同じ職場で働いてきた同僚や、何年も同じチームで戦ってきたチームメイト、そして同じ屋根の下で寄り添った夫婦。彼らにはもうお互いの考えや行動パターンが読めている。それゆえにムダな会話が全然ない。まるでテレパシーで交信しているようにさえ思わす。そう、つまりコミュニケーションが取れている人たちほど、コミュニケーションは必要なくなってきたりする。
 
言わんとしていることわかりますよね。え?わからない?そうですか..。私ももっと読者とのコミュニケーションが必要ですね。


 

とある小学校の生徒が校庭にゴミを投げ捨て、それを見かけた先生に叱られた。でもなぜだろう、普段はとてもいい子なのに..。先生が理由を尋ねると生徒はこう返す。

「だってせんせ、ゴミすてないとそーじのオバちゃんのおしごとなくなっちゃうもん」

さてこのガキ、いや、子供の言ってることはあながち間違いではない。この私立学校の経営状況は芳しくはなく、確かに学校がキレイなら清掃業者との契約は打ち切られる、あるいは条件が厳しくなる、つまり数人がリストラに遭う可能性は無きにしもあらず、なのだ。

そう考えた生徒はその後もポイ捨てを続けた。しかしその結果掃除のオバちゃんが視察にきた上司に手抜きとみなされクビになってしまうことになるとは、この時は知る由もなかった..。

そう、中途半端な優しさは必ず凶器になる。そんな優しさこそ今すぐポイ捨てしてしまおう。


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