逆 説 幸 福 論

水のように考えること

タグ:意見

ある種、日本の文化でもある『本音と建前』という言葉通り、日本人が出逢ったばかりの相手と本音で語り合うことはそうそうない。自らの意見や要求を押し出す欧米諸国と比べると、なおさら顕著にその性格の違いが現れる。

ということは、そもそも日本人が考える本音と、欧米やその他の諸外国が考える本音は似ているようで違っている。本音をズバズバ主張しがちな外国人に比べて、我々の本音というのは、言ったことよりも、言わなかったことのほうに多分に存在する。そう、打ち解け合っているように見えていても、それイコール気心が知れているとは、必ずしも限らないのである。

まあ、相手がどう思おうが、自分が良ければそれでいいんですがね。本音を言えばね。

誰とでもすぐに打ち解けられ、人付き合いに積極的な人、社交的な人。 大衆とは違った角度からものごとを見つめ、独自の切り口で発想を展開する人、独創的な人。単刀直入に言うと、社交性と独創性は両立不可能だ。

というのも、社交的になろうとすればするほど、嘘でも人と同じアイディアや意見を持っていなければならない。でないといくら自分が社交的でも、もの好きを除いて、多くの人は自分には寄ってこない。人が寄ってこなければ社交する場もなく、従ってその人を社交的とは呼べない。

また、独創性を求めれば求めるほど、その意図を汲める人は減少。しまいに誰にも理解されなくなるだろう。いき過ぎたモダンアートがもはや誰にも理解されなくなってしまうかのように。

しかし誰一人として理解不能な発言をする人こそ究極に独創的ではないか。なんせ "独" 創的なのだから。つまり、だ。社交性を磨くには独創性と非社交的になり、独創性を磨くには社交性と非独創的にならなければいけないのである。 

どうです?こんな矛盾と社交的に、なれそうですか?

 

他人の意見は参考にはしたいが、なるべく自分のことは自分で決めたいもの。

『心理的リアクタンス』とは、人から提案されたアイディアがたとえ自分にとってプラスなものだったとしても、強制されればされるほど強い反発心が生まれてしまうこと。 

自由を奪われたら奪われるほど自由を求めたり、「勉強しろ」と言われるとしたくなくなる。仕事でも勉強や礼儀でも、なんでも強制的にさせるとうまくいかないもの。なのでもう強制するのは絶対にやめましょうね!絶対ですよ!
 
 

斜め45度の法則とは、交渉ごとや、人と打ち解けるためには、相手との視線が斜め45度になる席に座ると最もうまくいきやすいというもの。

対面するというのは対立しやすい角度。会議や交渉の際には自然と意見が食い違いやすくなる。また、常にお互いが相手を意識して気の休まる暇もない。でも、かといって相手の真横に座ると表情が見えづらくなり、信頼度はそこまで上がらない。

つまり一番いいのは45度。大切な交渉ごとの際には確実に斜めに座れるよう座席の下調べを。そうすれば席に座った時点で既にかなりのアドバンテージを得ていると言ってもいいだろう。

あ、でも、だからといってくれぐれもが過ぎたアプローチは控えましょうね。


A:「おたくの商品は高いよ」
B:「いえいえ!そんなことないですよ。維持費がどこよりも安いので、とてもお得です。」

A:「おたくの商品は高いよ」
C:「はい、実はそうなんですよ。維持費をどこよりも安く抑えたため、少々お値段が上がってしまったんです。」


クッション話法とは、相手のネガティブな意見をクッションのように受け止めることで相手を納得しやすくすることである。

確かに前者のように初対面の店員、または取引先に真っ向から否定されては誰でも気分がいいものではありませんね。すぐさま「価値観の違う人」「意見が合わない人」だと判断し、バリアを作ってしまいます。そう、大切なのはクッションのように相手を受け入れてやる気持ちです。

え?「そんなの言われなくてもわかってる」って?

ですよね~。おっしゃる通りです。うんうん~。

 
やり過ぎは逆効果

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