逆 説 幸 福 論

水のように考えること

タグ:短気

人には自分の行動や発言に対して筋を通しておきたいという性質があります。これを一貫性の原理と言います。


例えば、ある商品を購入することを決意し、店に行ったのに在庫切れ。「ワンランク上の商品ならある」と言われ、しぶしぶ買ってしまう。なぜなら「買う」と決めていたからです。

他にも、「明日なにするの?」と聞かれ、「ジムに行く」と答えたけど、当日になってあまり気分が乗りません。でもなんだかんだ行きます。一度「行く」と決めたからです。

さらには、電車に乗っていて、席が空いたのになんとなく立ったままでいる。一度「立つ」と決めたからです。


いわゆる「有言実行」もこれに当たります。「絶対優勝します」「今年中に結婚します」などと公言することで引き下がれなくなり、達成する確率はグンと上がります。

しかしそれはネガティブな公言も然り。「私ってワガママなの」「俺、めっちゃ短気だからなあ」.. などと言っていると、深層心理が一貫性を保とうとします。つまり、大半は後づけで言った通りの人間になってしまっているのです。

何気ない公言でも気をつけなければ。一巻の終わりになる前に。
 

『遊びにいってきます。』
『先に宿題してからにしなさい。』

『ケーキ食べよ。』
『こんな夜中に?やめなさい。』

『あの人のことが気になってるの。』
『やめときなよ、あんなのたいした男じゃないよ。』 

 『もう!イチイチ人の考えにクチ出さないでよ!あなたって人はホントに寛容じゃないんだから。』
『君の方こそ。』

『え?なんでよ!』
『だって「寛容であること」っていうのは、寛容でないことも寛容に受け入れないといけないだろ?だから君も全然寛容じゃない、むしろ不寛容だよ。』

『おだまり!』
『ほらまた。寛容じゃない。』 




さて、ケンカ中の二人は放っておいて、実はこの二人、どちらもとても寛容なんです。

『寛容』とは相手の行動や言動を受け入れてやること。両者は互いに言った言葉に対して必ず反応している。つまりしっかり相手の意見をキャッチしたうえで、そのボールをちゃんと相手に投げ返している。



そう、実は最も寛容な人とは一番気が短い人で、最も寛容でない人とは一番我慢強い人。


そんなに無理して怒りを我慢する必要はない。たまには寛容に怒りを認めてもいい。

それはきっとその人に必要なはずだから。



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