逆 説 幸 福 論

水のように考えること

タグ:経済学

どうして水よりダイヤモンドの方が高いのか。

水は人間にとって必要不可欠。なければ必ず死んでしまう。それなのに比較的安価で、場所によってはタダ。一方ダイヤモンドは、必要な人には絶対必要かもしれないが、普通、なくても死なない。なのにダイヤモンドの方が圧倒的に高価である。これはちとおかしいのではないか。

だが実際はおかしくはない。そもそも、我々が言う『価値』には有用性である『使用価値』と、商品としての『交換価値』とがあり、使用価値が高く交換価値が低い水に対して、交換価値が高く使用価値の低いダイヤモンド。つまり生きるか死ぬかではなく、希少かそうでないかが価格に大きく関わっているのである。

人間の価値も自分にしかないもの、言わば原石を磨けば磨くほど、その人の世間的な価値は上がります。しかし、それが必ずしも使用価値の上昇に繋がるか、つまり世間が求めているかどうか、それはまた別の話、というわけです。 

 

幸か不幸か、世界には様々な格差がある。収入や地位、知名度や生まれや育ちにまでも格差がある。そんな格差を埋めるべく、世界では様々な支援活動が行われているが、そんな温かい光景の中にも、パラドックスは抜かりなく潜んでいる。

例えば『貧富』という格差。この格差を埋めるには本人の努力以外に何が考えられるか。仕事を与えてもいいのだが、それではちと時間がかかる。加えてそういう仕事にさほどの高収入も期待できない。ならば、だ。手っ取り早くお金をあげればいいのである。

優しい。いや、易しい。二日酔いの朝のおかゆくらいやさしい。いや、貧血で倒れた時の保健室の先生くらい、いや、エスカレータ式の高校くら、あ、いや、失礼。少々脱線してしまった。が、そう、こんなナマやさしい答えなら誰でも思いつく。ゆえに正解ではない。 

というのも、貧乏人にお金を与えれば、ギリギリ貧乏じゃない、または本当に貧乏な人から見れば十分裕福か、今度はそんな境目に立っている人たちが一番苦しい生活を余儀なくされる。つまり、貧乏人に金銭を与えるだけでは何の解決にもならず、むしろ事態を悪化させてしまうのである。

そう、世の中はそんなにやさしくない。


経営不振に陥った複数の牧場。その牧場主たちが集い緊急会議が開かれた。「残る手だては一つしかない。コスト削減のため、互いのウシが同時に過ごせるスペース、つまり共有地を作ろう」と背水の陣を敷く。

すると決断が吉と出て経営状況は順調に回復。しかしすぐに問題が起きます。というのも、ある牧場主が自分の持っているウシを大量に放したのです。そう、個々の牧場主たちは土地を共有しただけで、ウシ自体は共有していません。

となれば牧場主は自らの牧場の利益最大化のため、ここぞとばかりにできるだけ多くのウシを放すようになる。一度そうなればもうあとには引けず、他の牧場主も負けじと大量のウシを放牧し、放牧合戦。はじめの意図はどこへやら。あっという間に共有地の草はなくなってしまいました。

全員にとっての共有が、全員にとって最悪の事態を招くケース。まさに彼らは『失敗』そのものを共有してしまったのです。本来共有しなければならないものはウシでも牧場でもなくココロ。それで全てはOK牧場です。

言っちゃった。

 

今日、突然ワインが飲みたくなったあなたは、酒屋へ行き、一本5000円するワインを調達してきました。そして、夕食まで少し時間があったので、ネットサーフィンをしていましたが、ここでビックリ。なんと、オークションで同じ銘柄のワインが2万円で売買されていたのです。

なんだか嬉しいですね。5000円で買ったワインが世間では2万もするだなんて、1万5000円得した気分ですね。儲かりましたね〜。飲みました?ん?そうでしょう、さぞかしおいしいでしょう。


などと、本気で思っていますか?

2万円もするワインを5000円で買ったつもりかもしれませんが、しかし厳密には違います。実際は、2万円で売れるワインの価値をゼロにしてしまったのです。経済学的に言うと2万円儲ける機会を損ねた、つまり、2万円損したのです。

もちろん、本人がおいしく飲めたり、満足できればそれでいいのです。また、今回は金額も大きいですが、そこまでは大きくありませんでした。でも、このことを忘れていればいつか泣き寝入りする日が来るやもしれません。

でも、泣き寝入りしたところで、寝て価値が上がるのはワインだけですけどね。



参考文献: 脳には妙なクセがある   

パレートの法則とは、20対80の法則、ニハチの法則などと呼ばれ、ビジネスにおいて、全体の僅かな部分が全体の大部分を生み出す要素があるという説である。


例えば日本に住む2割の「お金持ち」が日本にある8割のお金を持っていて、「機械の故障」の8割は、全部品のうちの2割に原因がある。「企業の利益」の8割は従業員のうちの2割が生み出していて、「仕事の成果」の8割は、費やした時間の2割の時間で生み出している。など、様々な事象が当てはまる。


つまり、デパートの売り上げの8割を支えているのは2割の顧客なので、その客に的を絞って割引券を配ったり、粗品を進呈するなどのサービスを展開すればいいことになる。 

漁業で網を大きくすればするほど魚が獲れるわけもなく、網は小さくても魚がいるところにピンポイントで投げた方が、よっぽどコストも時間も、そして体力も削減できるだろう。


人生は、欲しいもの全てを習得できるほどそんなに長くはない。総合力を磨くより、自分の得意なこと、あるいは好きなことをピンポイントに伸ばしていった方がうまくいくだろう。それに引っ張られて総合力は後からいくらでもついてくる。

十六夜(いざよい)の月のように、ためらう必要など全くない。




イノベーション: 新機軸、技術革新。


『最先端!』『最高性能!』 『最高レベル!』

常に技術革新を求める人間。しかし性能を上げれば上げるほど儲かるというわけではなく、逆に適正価格や従来のニーズから外れてしまい、かえって失敗する。

近くは『PS3 対 Wii』が挙げられる。機能 対 アイディア。どちらが勝利したかは見ての通りである。



人にも同じことが言えるだろう。

自分磨きに精を出す人、とても素晴らしいことである。しかし磨き倒して結局周りから『近寄りがたい人』扱いされている人をよく目にする。(もちろんその人が良ければそれでいいのだが。) しかしそれはピカピカに磨かれて注目を浴びる車が、それゆえに誰からも触られないでいることに似ている。

変わった人も、ただの変わった人と時代から求められる変わった人に分けられるのだろう。変人かクリエイティブか、つまり闇雲に自分磨きをはかるのではなく、自分自身も時代とニーズに合わせた革新が必要なのである。なぜなら自分自身もある種の商品だからである。


自分の存在価値を買ってもらえるか、努力も方向性を間違えれば大赤字。やがて破産してしまう。そう、最も強力なイノベーションとは持続的に努力を繰り返すことではなく、ほんの少しだけ椅子の背にもたれて全体を見渡してみること、なのかもしれない。

あれこれ機能を付け足して、ついお高くなってはいませんか?

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関連書籍



大量のビニール袋を買ってくる主婦。何に使うのか尋ねると、最近環境のこと考え、エコバックを使い出したからスーパーでレジ袋がもらえないという。だからその店でビニール袋を大量に買ってきたという。

 . . . 汗。


しかしひとたび街を歩けばこのような事態が蔓延していることに気づく。

省エネNo.1冷蔵庫、エコカー減税、特価エコバッグ . . . 



省エネNo.1冷蔵庫を買い替える前に今ある冷蔵庫の開けっ放しや詰め過ぎを控えればかなりの省エネになるし、エコカーに乗り換える前に後ろのゴルフバッグを降ろしたり、急発進をやめれば燃費はグンと良くなる。そしていかにもエコバッグ使ってますわよ、エコのこと考えていますわよ顔しながらスーパーに行くより、物置に眠っていて使わなくなったバッグを使っている人の方がよっぽどエコである。


そう。ほとんどの『エコ』は企業が儲かるだけで、踊らされる消費者はCo2のごとく増加傾向にある。不器用な人類はエコを求めれば求めるほど皮肉にも世界をゴミだらけにしてしまう。経済成長しながら国は滅びゆくのである。



『エコ』本来の意味は自然との調和•共存。それは作り出すことではなく自分の中にある、既に持っているものを引き出すこと。今あるものを見直すこと。 

エコは買い替えることではなく、自分のエゴを取り替えること。


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