逆 説 幸 福 論

水のように考えること

タグ:記憶

睡眠。

我々は人生の3分の1を眠りの中で過ごす。言うまでもなく、それは人間とって欠かせないもの。四日間寝ないだけで、正常な人でも幻覚症状が現れるという。

しかし、慌ただしい現代社会では睡眠はおざなりにされ、働き盛りのビジネスマンや、遊び盛りの若者にとっては、眠ることは「もったいない」とされることも。だが、私は思う。そんな人たちこそもったいない。

というのも、眠りの効用はなにも心身の回復だけではない。溜まった記憶を整理する時間に使われたり、成長を促したり、それに免疫力も高める。他にも、夢を見ることで創造性が磨かれ、またその夢によって自らの深層心理を探ることだって可能である。

挙げていけばキリが無く、いいことづくめの睡眠活動。眠ることで我々のパフォーマンスは最大限にまで高まる。つまり、眠りをおざなりにするということは、自分の才能を眠らせるようなもの。眠りに勝る活動はないのである。

さ、言うこと言ったし、寝よーっと。 

zzz..
 

ヨストの法則とは、詰め込んで勉強するよりも間隔をあけて勉強する方が学習効果が上がること。

例えば同じ10時間の学習でも、『10時間ぶっ通し』で行うよりも『1時間×10日』かけて行う方が個人差はあれど学習効果は間違いなく上がる。これは人間の集中力の持続性によるもので、そもそも我々人間の集中力はもってせいぜい30~50分ほど。それを越えると一気に吸収力が下がってしまう。

熟成された料理にコクや旨味があるように、知識も時間を掛けないと脳に染み渡らず、決して深い味わいは出せないのです。


重畳(ちょうじょう)効果とは、似たような情報は記憶に残りにくいこと。

例えば電話番号や年号などの数字や記号の羅列、スペルの同じような英単語、また、似たような名前に似たような顔はとても覚えにくいだろう。

たとえド派手な車が一台停まっていても、その周りの車もド派手なら個々の車に対する印象は残りにくいだろう。いや、それどころかその場合はかえって地味な車の方が脳裏に焼き付いてしまうだろう。また、言葉の語尾なんかも毎回同じだったらきっとその文章は印象に残りにくいだろう。
 
たまにはこんな記事もいいだろう?

 

ツァイガルニク効果とは、先日記述した通り、達成できたことよりもできなかった方が記憶に残ること。なぜなら人は目標を達成するまでの期間ずっと緊張状態を続けるからである。

恋愛で、成就した恋よりも片思いや失恋した方が強く記憶に残っているのはこのためである。つまり、少し怖いが、その人の中ではその恋はたとえ諦めがついていたとしても、新しいパートナーが見つかったとしても、心の奥底ではまだ終わっていないのだ..。

モテ男モテ女になりたい気持ちはわかるが、付き合いを断れば断るほど、たくさんの未完のストーリーと付き合っていかなければならないことも心に留めておこう。



突然ですが、わたしは水槽に浮かぶ脳です。カラダはありません。

何年も前から、ある科学者に飼われています。


ある日、彼は私を麻酔で眠らして脳を取り出しました。それを培養液の入った水槽に入れ、そしてその脳にコードを差し高性能なコンピュータと繋ぎました。私が飼われる以前の記憶は消されてしまい、代わりに新しい過去の記憶がプログラミングにより入力されました。






え? あり得ない? 映画の見過ぎ?中二病?やかましいわ。

それが、そうじゃないんです。だって、我々の『意識』というのは脳の活動によって生じ、所詮、眼や耳、鼻なんかはただの入力器官に過ぎない。なのでそれに代わる入力信号さえあれば、同じような意識を生み出すのは可能なんです。痛みや感情ももちろん信号化できます。



え? そんなの嫌じゃないのかって?

全然。水槽に浮かんだ醜い姿で、何の実験だか、頭(脳)にコードがいっぱい突き刺さっているとしても、今見ている世界に違いはないのだから。今見えている世界が楽しいんなら、現実かどうかなんて、どうでもいいんです。


私にとったら、信じることこそ見ることで、見ることが信じることではないんです。今見ているもの、例えばそのパソコンやスマートフォン。それの裏側が見えますか? 見えてないですよね? そう、アナタはその裏側があることを見てはいないのです。信じているのです。

信じれば存在するんです。夢でも未来でも。


そういうことです。私は "今" を信じて現実を楽しんでいます。プカプカと。今日も彼からどんな信号が送られてくるのか楽しみに浮かんでいます。プカプカと。それでは、また!



え? わたしは誰なんだって?

名乗るほどのモノじゃありません。











ある科学者です。










どゆこと、どゆこと!
でもなんかこわいからポチっ!!


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突然ですが、わたしは水槽にプカプカと浮かぶ脳です。


カラダはとっくにありません。







何年も前から、ある科学者に飼われています。

ある日彼は私を麻酔で眠らせて、脳を取り出し、培養液の入った水槽に浮かべ、そしてコンピュータと脳を
電極で繋ぎました


私の飼われる以前の全ての記憶は消されてしまい、私が地球に生まれた記憶などはプログラミングにより入力されました。













え?


不可能?


現実逃避?


マトリックスのパクリ?


違うわ!こっちのが先だよ!向こうがパクってんだよ!!











オホンっ . .  失礼。







いいですか? "意識" というのは脳の活動によって生じ、

眼や耳、鼻などは所詮ただの入力器官に過ぎない。なので、それに代わる入力信号さえあれば同じような意識を生み出すのは可能なんですよ。痛みももちろん信号化できます。















え?



そんなの嫌じゃないのかって?








全然。


水槽に浮かんだ醜い姿で、何の実験だか知らないが、頭(脳)にコードがいっぱい突き刺さっているとしても、今見ている世界に違いはないんだから。




『人にどう見られるか』なんてどうでもいいんです。



私は現実を楽しんでいます。プカプカと。






今日もどんな信号が来るのかを楽しみに浮かんでいます。


それでは、また!










え? わたしは誰なんだって?

























名乗るほどのものではありません。ある科学者です。









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